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2009/6/13 期待
あなたは「来(こ)よう」と言っても来ない時があるのですもの
「来(こ)ない」と言うのを それでもひょっとしたら「来られるかも」などと 頼みに思って待つことなどやめておきましょう 「来ない」と言っているのですもの 万葉集の有名な女性歌人、「オオトモサカノウエノイツラメ」です。
遊び心満載で音の流れが面白い歌です。
妻問婚がピンと来ない現代に置き換えるとこんな感じ。
「早く帰る」と言いいながら、遅くなることもあるんだもん。
「遅くなるよ」と言う日は早く帰るかもと期待なんかしません。
だって遅くなるって言ってるんだもん。
いつも帰りが遅いのは寂しいよね。
2009/6/9 さらさらに…多麻河泊尓 左良須弖豆久利 佐良左良尓 奈仁曽許能兒乃 己許太可奈之伎
作者: 不明
多摩川に、さらす手作り、さらさらに、
なにぞこの児の、ここだ愛(かな)しき
ここ数日この歌が頭を離れないのよね。
古典の記事で以前書いたことあったっけ?
書いたような気がします。
万葉集にある作者不明の歌です。
多摩川にさらす手作り
は
さらさらに
を引き出すための枕詞です。深い意味はない。
かなしいってことは愛しいってこと。
これは男女の愛情の歌のようだけど、私はいつも
子供を愛しいと思うときにこの歌を思います。
親子の愛情の歌は他にもいっぱいあるんだけどなぁ。
やっぱ音の流れがキレイだよなぁ。
あと漢字フェチな私には万葉漢字の並びはかなりの萌えポイント。
変人って言われてもいいの。
着物布とレザー調のバッグ。
学校での講習で作りました。
2009/2/12 平安時代の才女・賢女たち ちょっと平安文学ネタに戻りたいので、
自分の頭の中を整理しながら復習ね。
自分勝手に好き書いてるメモ記事です。。。
平安時代の女性は自我を持たずに生きるよう育てられている。
…ようです。
源氏物語の女三宮が人形のような手ごたえのない女性です。
実際にそんな姫さんが多からず存在したのでしょうね。
でも、やはり自我のある女性はたくさんいたはず。
そこを押し殺して生きることを強要されていたのかも知れない。
いや、傷つかないために自らの選択かもしれない。
何も考えず感じず片目をつぶって生きること、
そうすれば傷つかず心安らかに、
品位を失わずに生きることができる。
主に一夫多妻制から発生する悩みのようです。
そこで自我があり、中途半端に才能がある女性が書いたのが
若いころは「かなわんなぁ」ってくらい辛気臭い文学だと思ったけど
この年齢になるとユーモアに感じる。
この作者の気持ちが分かるなんて、大丈夫か?
言いたいことをポンポン言うと清少納言になる。
そこに当意即妙の才能がないと、源氏物語の早口姫こと近江君。
このタイプの女性は平安時代には実在したんだけど、
かなり型破りだと思われる。
あの紫式部がてこずったんだもん。
私はこのタイプかも。
賢女だけど良妻賢母タイプの赤染衛門も賢い生き方である。
「やすらわで~」の歌の人ね。
現時物語でいえば花散里がこのタイプ花散里の記事
本能の赴くままに恋をして、
高い教養と知識、技巧の裏づけなしに感情のままに歌を詠むと
和泉式部になるのだろう。
皇后定子と中宮彰子。
どちらも平安史上最も有名な女性です。
ともに一条天皇の后で従姉妹同士。
定子の教育係は清少納言。
彰子の教育係は紫式部、赤染衛門、和泉式部など。
定子さんは輝く日の宮と讃えられ、
その容姿、教養、人柄の素晴らしさを
枕草子で賞賛されています。
父、道隆の死によって中関白家が没落の一途をたどる中、
美しく楽しいことのみを書き記した清少納言は見上げた根性の女性です。
没落という不幸な目にあったけど道隆さんの奥さんはかなり幸せな人生だったんじゃないかな。
私はこんなうたを詠んだ結婚生活が羨ましいです。
彰子さん。
道長さんの娘です。
道長さんの死後、皇太后として政治権力の中枢に居座り、
藤原家の大黒柱になります。
国母にせんと磨きぬかれたお姫さんが、こんな政治感覚を持ってるなんて不思議。
漫画では和泉式部が昔話をして、心の闇を引き出しています。
それと壮大な源氏物語を読むことで観察眼と批判精神を身につけたんだろうなぁ。
最後に源氏物語を恋愛物語と思っている人。
それは大きな間違いです。
恋愛物語であり、政治小説であり、
無常観という大きな流れを底辺にもった仏教小説なんですよ。
平安時代って、本当に才女が目白押し!
いずれにしても1000年先まで名前が残る彼女らの生き方はアッパレだ。
1000年前の人でも、やんごとない身分の方でも
人間ってのは私たちと変わりない感情を持っている愛すべき存在だってことが
古典文学を通じて知ることができるのです。
次の記事は殿方特集です。
ただいま妄想準備中。
2006/9/3 秋の七草、秋の味覚(古典103)暑さと多忙(ホントに忙しいのよ)のため
大鏡を放置しています。
源氏物語も放置してるけど、新しいリンクに
サキエさんの源氏物語が加わりました。
私のと違って、とても真面目で素直な解説です。
やれやれ、これで安心して源氏も放置OK?
皆さん、読みに行って下さいね。
つれづれに癒しを求めて万葉集などを読むと、
激しい恋の歌よりも、
楽しい歌、心地よい歌のに目が行きますね。
特に山上憶良さん。
やっぱ、この人の歌は大好き!
以前紹介したのは七夕の歌と、
大昔に「憶良らはいまは罷らむ~」ってやつ。
興味があれば探してね。
+++++
萩の花 尾花葛花(くずばな) なでしこの花
をみなえし(女郎花) また藤袴 朝顔の花
山上億憶良
秋に七草をそのまま詠んだだけですが、
趣がありますよね。
万葉集の朝顔は現代の桔梗です。
源氏物語の「朝顔宮」の朝顔は現代と同じ朝顔です。
藤袴は、夕霧が玉鬘に求婚して、困らせたときに
御簾の下から差し入れた花です。
私も憶良さんに習って、ひとつ詠んでみました。
葡萄、梨 松茸ご飯 栗ご飯
すだち秋刀魚で 食欲の秋
こまち
2006/8/3 七夕は秋の行事ですって、本来は。(古典102)七夕の時期はプライベートもブログも
いっぱいいっぱいだったので言い訳。
でも、七夕は本来秋の行事だったのよ。
7月7日に牽牛(けんぎゅう)と織女(しょくじょ)が
川を渡って、年に1度だけ出会います。
「乞巧(きっこう)」と呼ばれる
裁縫の上達を願う祭りが行われます。
「棚機つ女(たなばたつめ)」の信仰と重なって
宮廷行事となりました。
万葉集の山上億良は織姫の気持ちを歌に詠んでいます。
億良さんは私の大好きな歌人の一人です。
天の川 相向き立ちて 我が恋し
君来ますなり 紐解き設(ま)けな
天の川を隔てて向かい合っている恋しい人が
今宵いらっしゃいます。
衣の紐を解いてお待ちしましょう。
紐解き は万葉集でよく出てくる表現です。
現代風に言うと、ブラウスのボタンを外すとか
ファスナーを外す・・・かな。
艶な言葉ですね。
この歌をもう少しわかりやすくすると
彦星さ~ん。
早くいらして~。
スタンバイオッケイよ~。
やる気満々ですね。
そりゃ、年に1度なら気合も入りますがな。
万葉集にはこのような、そのまんまな歌が多いんですよ。
分かりやすいですね。
今週末、うちの地域で七夕祭りがあります。
夜店とフリマだけですが・・・・。
2006/7/24 土用の丑の日は過ぎちゃったけど・・・(古典101)大伴家持
石麻呂に 我物申す 夏痩せに
よしという物ぞ 鰻とりめせ
痩す痩すも 生けらばあらむを はたやはた
鰻を捕ると 川に流るな
石麻呂さん。
私は申し上げます。
夏痩せにいいらしいですから
鰻をとって召し上がれ。
石麻呂さん。
痩せていても生きているのだから
それで十分。
鰻を捕ろうとして川に流れないでね。
どんなときでも飢饉のときのように
痩せていた石麻呂さんをおちょくった歌です。
万葉集の時代から鰻は
夏痩せに良いとされていたんですね。
私もいただきました。
美味しかった。
いや。私は痩せていません。
むしろダイエットしなきゃ・・・・。 2006/7/23 ラブラブな・・・じゃない物語↓の記事で、オットが創作物語をしていました。
私も「ラブラブな物語」を
おねだりしてみましたが
以下の理由から却下されてしまいました。
ラブラブ話=少女マンガ
↓
チューでハッピーエンド(思い込みと偏見)
↓
現実はチューで終わらない
↓
エロになると怒られる(思い込み)
↓
だからイヤ
大人向けでも非現実的でも怒らないから。
あることろに、こまちという
お姫さまがいました。
おお??いい感じ。
お姫さまは悪者にさらわれて
悪のアジトに閉じ込められました。
そこで助けに来る正義の味方がkodamaくん?
いや、違う。オレは悪者。
さらわれたお姫さまって、大概は
悪者にエッチなことされちゃうんだよ。
ピラフ一味につかまったブルマよりエッチなことな。
(ドラゴンボール参照)
え~!!
普通はお姫様は、助けに来た王子様と
恋に落ちるんだよ~。
そんなん燃えへんやん。
やっぱ、悪者バージョンのほうが燃える。
で、お姫さまはエッチに目覚めるんだわ。
そんなんおかしいって。
でも王子様が不細工で
悪者が男前やったらお姫様は
悪者に恋すると思うけど?
確かにそうだ・・・。
王子様が必ず男前とは限らない。
その後の物語は
↓の記事のコメント欄に
kobsapさんが書いてくれています。
このブログは曲りなりにも
古典をメインに扱ってるはず。
ですからちょっと古典の話も・・・。
kodamaくんの創作のお姫さまは、
十二単を着てないと思う。
多分、中世ヨーロッパのお城だ。
古典の時代にも姫さんが
悪者にさらわれた話はたくさんある。
今昔物語のあるそれらの話は
大概、 悲劇的な結末を迎えることになる。
お姫さまは御邸で、多くの侍女に
かこまれてこそお姫さまなのだ。
例外的にさらわれたお姫様が
幸せになった伝説もある。
更級日記に書かれているには
都でさらわれた姫さまは、
武蔵の国(今の東京あたり)で
幸せに暮らしまたとさ・・・ってこと。
記事も長くなったし、
時間もないのでこの辺で。
さらわれたお姫さまシリーズは
またそのうち書きますね。
2006/1/12 心ときめきするもの(古典72)七子さんの鏡の記事を見て、こんなのを思い出しました。
枕草子 29段 心ときめきするもの
(一部分抜粋)
唐(から)鏡の少し暗き見たる。
七子さんが書かれているように鏡を見るときって
無意識にいい顔を作ってるんですよね。
だからビデオや写真の自分をみて
「コレは私じゃね~よ」って言いたくなるんです。
鏡は実際の自分の顔と違うのは、殆どの人の顔は
アンシンメトリー(左右非対称)だから。
毎日見ているのは、実際の顔の反転の顔。
だから実物(写真などで)を見るとギョッとするってこと。
最近では左右反転して(本来の顔と同じに)映る鏡も売られています。
そして女性なら誰もが思い当たるでしょうけど、
暗い部屋で鏡を見たほうが美人に見えるんです。
シミやくすみが見えないからかな?
清少納言が言ってるもの同じことです。
きちんと磨いていない少し曇った鏡で自分を見ると
思いのほか美しかったので、心ときめきする。
やはりこの人って独特の感性ですよね。
現代でも十分に通用します。
田辺聖子さんの「小説枕草子~春はあけぼの」で
夫の橘則光にこのことをいうと「鏡が曇っているのなら磨けばいい。
そんなビクビクするほど高いものじゃないだろう」
と返され「なんて情緒を解さない男」って怒っています。
怒る気持ちも分かるけどさ、男性にこの感覚は分からないと思うよ。
2005/12/13 香炉峯の雪(古典67番)今日は大阪でも雪が降りました。 七子さんのお住まいの地域では、少し前に降ったようですね。 雪といえば思い出すのが、枕草子です。
枕草子 第299段
雪の高く積もった日、定子中宮は 「少納言よ、香炉峯の雪はいかならむ?」と尋ねたのに対し、 清少納言は黙って御簾を巻き上げました。 これは「香炉峯の雪は簾をかかげて見る」という 白楽天の漢詩になぞらえた中宮の意を、 悟って、動作で示したという内容です。
定子中宮さまは、白楽天の漢詩にまで知識が及ぶ、 稀にみる教養の高い人だと褒め称え賛辞すると同時に 自分もまた教養があり、その知識をとっさに動作で 示すことができる機転の効く人間なのだと主張している 高度な「われぼめ」の要素もあります。
2005/11/13 恋歌バトル・パロディ編(古典61)古典パロディ第2弾です。
そしてヒサトさんへの挑戦状です。
今回のは、いじりやすいと思いますよ。
この歌の解説は記事60番↓
百人一首40番
忍ぶれど 色にいでにけり わが恋は
ものや思ふと 人の問ふまで 平兼盛
完璧に隠していたつもりの想いだけど、
自ずと態度や表情にでるものなんだね。
「きみは恋をしてるんじゃない?」と人に言われたよ。
かくしても 態度にでるよ 恋心
友のツッコミで 初めて気づく こまち
百人一首41番
恋すてふ(こいすちょう) わが名はまだき 立ちにけり
人しれずこそ 思ひそめしか 壬生忠見(みぶのただみ)
まだ、密かにかの人を想いはじめたばかりなのに、
世間には、この恋心が知れ渡ってしまったよ。
あなたにだけ打ち明けたかったのに・・・。
秘そかにや 狙いさだめた あの男
突撃まえに バレてるみたい こまち
2005/10/13 古典50回記念・パロディ集ま、50回記念だし、たまにはこんな遊びも許されるよね。
基本は「古典が好き」でやってるんだから。
パロディというより、内容の要約というか・・・。
子供みたいな575ですわ。
私のは七子さんみたいな独自の創作ではなく、
偉大なベースがあってこそ出来たものですね。
春すぎて 夏来にけらし 白妙の
衣干すてふ(ちょう) 天の香具山 〈持統天皇〉
初夏の午後 洗濯物が まぶしいな <こまち>
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に
いまひとたび 逢ふこともがな <和泉式部>
もうあかん 冥土の土産に 逢いたいな <こまち>
夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを
雲のいずこに 月宿るらむ<清原深養父>
お月さん 朝日に急かされ かくれんぼ <こまち>
夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の
知らえぬ恋は 苦しきものを 〈大伴坂上郎女〉
みてるから 早く気づいて この想い <こまち>
思へども 験(しるし)も無しと 知るものを
何かここだく あが恋ひわたる 〈大伴坂上郎女〉
つらくても 諦めきれぬ この恋は <こまち>
憶良らは 今は罷(まか)らむ 子泣くらむ
それその母も 吾を待つらむそ 〈山上憶良〉
もう帰る 子供が泣くし 妻も待つ <こまち> 2005/10/12 古典の記事・50回記念先日、古典の記事が50回に達しました。
軽い気持ちで書き始めたので、正直ココまで
続けられるとは思っていませんでした。
理屈では百人一首を1番から順に書けば
100の記事が出来るし、
源氏物語だけでも100や200はネタがあるでしょうね。
とはいえ、読んで支えてくださる方がいなければ
今まで続けることは出来なかったと思います。
こんなマニアックなブログにお付き合いくださる皆様には
心より感謝いたします。
自分自身の弱さゆえですが、途中で古典の記事を辞めようと
悩んだ時期もありました。
ふっきれた今では100や200まで書けそうな気がします。
だって著作権のないネタが無数にあるんだもん。
またスランプに陥ることもあるでしょうけどね。
よく受ける質問に答えします。
・古典のことは、専門に勉強したの??
NO!中学以来、古典の授業は受けていません。
ですから文法のことは分りません。
高校が美術科だったので、デッサンや基本造形、
美術概論とかオモロイ授業が多く、
一般教養の授業数が極端に少ない学校だった。
「国語」の時間に、数回古典があったような・・・。
・古典に興味を持ち始めたのはいつごろから?
中学生のころに「あさきゆめみし」を読んでつまらなかった。
ハタチすぎてから面白いと思うようになり、今に至るまで
何百回も源氏物語を読みましたが、
読むたびに新しい発見があります。
妊娠してヒマだったので図書館に通って、
マニアックな古典を読むようになった。
・どうやって記事を書くの?
いつも「てきとー」と答えています。が、そんなワケないじゃない。
記事を書くためじゃないけど、多くの本や資料を読んでいます。
面白いエピソードや歌をノートに書き出していました。
年表や系図も自分で書きます。
資料やネットの系図は女性を省略しています。
そうなると、婚家の力関係や、恋愛部分が見えないんですよね。
ノートは既に3冊。もうすぐ4冊目になります。
最後に・・・・
私の古典はあくまで単純に楽しむものです。
というか書く本人が楽しんでいるだけ。
ですから、年号やその時代の背景、歴史的事実、
作者の名前をあまり重要視していません。
だから、この記事の内容をテストに書いても×を貰っちゃうかもよ?
こんなことだから「いいかげん」とか言われちゃうのよね。
拙いブログですが記事100回を目指しますので、
今後もよろしくお願いいたします。
古典の記事のみをプリントアウトしたもの。
ファイルは2冊目です。
書き足して増殖した、いびつな系図。
一条帝系列と道兼、道長さんの娘たち。
三条帝系列と済時さんの娘たち。
2005/10/3 枕草子 其の弐 (古典46)以前、ブログを始めたばかりの頃に「枕草子」を取り上げました。 過去の枕草子についてはコチラ
内容は重複する部分もありますが、改めて取り上げます。 平安時代を代表する才女・清少納言が 一条帝の皇后・定子を賛辞する随筆集です。 清少納言は、有名な歌人・清原元輔の娘です。 曽祖父・兄も代々お茶目でひょうきんな家柄です。 親族については、古典42~44の記事で扱っています。 興味のある方は、上のカテゴリの「古典」「百人一首」を クリックしていただくとお読みいただけます。
枕草子で有名なのは「ものづくし」 美しきもの、憎きもの、嬉しいもの、遠くて近いもの・・・・ 思いつくままポンポンと書き出しています。 それが、とてもいい感性と鋭い観察眼で「う~ん」と 納得してしまいます。
彼女は日ごろなにげなく見過ごしているけれど、 面白いものを見つけるのが非常に上手です。 言われてみれば「あ~」と納得してしまいます。 「蜘蛛の巣に付いた滴がキレイ」 「牛車の轍が踏みつけた蓬の香りが素敵」 「水しぶきは、水晶がはじけたよう」とかね。 この感覚は現代の清少納言・七子さんの スペースで体験いただけます。 コチラをクリック
一番有名なのは「春はあけぼの・・」で始まる章ですね。 季節の一番好きな時間、風情を書き連ねています。
kikkofishさん風「枕草子」です。
枕草子のもう1つの要素は「われぼめ~自慢話」です。 誰それにこう問いかけられて、こう答えたのよ。 その応酬が鮮やかだったので、皆に褒め称えられて 面目をほどこした・・・というような内容を延々と書いています。 確かに、史記や白楽天、仏教思想からの引用は的確ですし、 その知識は並みの男では及びません。 勘が良く、当意即妙の受け答えの上手さは抜群です。 平安時代を代表する才女の割には、自慢話や悪口を 不用意に言ったり書いたりしています。 思ったことを全て口に出してしまう、裏表のない性格なんでしょうね。
こういうトコロが学者家系の正統派才女・紫式部の カンにさわるのでしょうね。 思ったことの半分も口に出さず、 「一」の漢字もしらぬ顔をしている彼女は 「紫式部日記」に、見苦しいほどに清少納言の悪口を書いています。 ここまで書かせてしまう清少納言はよほど目立っていたのでしょうね。 清少納言も、平安時代きっての才女の割には、 ちょっとオッチョコチョイですよね。 思ったことを全て口に出す、裏表のないカワイイ女性だと思いますけどね。 清少納言の仕える皇后定子の父・道隆亡き後、 兄の伊周は道長との権力争いに敗れ失脚します。 道長の姫・彰子に気圧されて、定子は若くして亡くなります。 定子の生んだ、一条帝の第一皇子・敦康親王は 帝位につくことはありませんでした。
清少納言は、定子の側近ですから、 関白家の没落を目の当たりにしています。 けれど、草子には楽しく美しいことしか記されていません。 根っからのポジティブ思考の持ち主なんでしょうね。
歴史上では「皇后定子」は「悲運の皇后」です。 でも、枕草子の中では常に気高く美しく 「輝く日の宮」として君臨しています。
装飾華美で、回りくどい表現の多い古典文学の中で
清少納言は「すすき 」がお気に入りでした。 2005/10/2 ゆかいな坊さん パート2(古典45)じわじわと周りを固めてきて
いよいよ次は清少納言ご本人の登場・・・
の前にちょっとだけ脱線します。
前回の坊さんとは無関係の話です。
出典は多分「今昔物語」
うろ覚えの話なので、曖昧です。
今昔物語は、実話、創作の笑い話、
伝承や言い伝え・・・なんでもアリです。
この話も実話なのか、笑い話なのか分りませんが、
適当に楽しんでください。
ある天文博士(気象台の役人と占い師を兼ねたような人)の
美人の北の方(奥さん)は、ある僧侶と浮気をしていました。
またか!というくらい、よくある話です。
僧侶の名前は朝日阿闇梨(あじゃり、あざり)
夫の天文博士が留守の間、邸では北の方と
朝日阿闇梨は仲良くなさっていました。
その最中に夫の天文博士が帰ってきました。
この状況も、またか!?
朝日さんは慌てて西の窓から逃げ出そうとしました。
そこへ天文博士が登場。
天文博士は上の句を詠みかけます。
あやしくも 西に朝日が 出づるかな
「西に朝日が昇るなんて異常気象だ」
朝日阿闇梨は下の句と継ぎます
天文博士 いかに見るらん
「天文博士よ どう解釈なさいます?」
通常ののやり取りにしたらこうなります。
やや!朝日(阿闇梨)め。なぜこんなところにいる?!
知れたこと!ご主人よ。この状況をなんと見る。
こんな会話だと刃物のひとつでも飛び出しそうですよね。
けど、そこはそれ。
お互いのユーモアぶりに意気投合した2人
(北の方の夫と浮気相手)は
すっかり仲良くなって、いい飲み友達になったそうです。
人間、どんな時もユーモアを忘れてはいけないんですね。
ちょっと違う?
この話はココまでですが、この後
北の方はどうしたんでしょうねぇ??
この話は実話ではなく、作り話っぽいですよね。
2005/10/1 今昔物語・ゆかいな坊さん(古典44)今昔物語は平安時代の庶民の物語です。
源氏物語が「王朝文学」なら
今昔物語はその対極にある「庶民派世俗物語」です。
「今は昔~」で始まる膨大な数の短編物語です。
「むか~し、むかし、あるところに・・・」っていようなお話です。
その中の愉快なお話を1つ紹介します。
ある別当(べっとう・最高位の僧)は、
ある受領(ずりょう・地方長官)の北の方(奥さん)と
不倫関係にありました。
この時代は奥さんの浮気も、僧侶のこういうことも
さほど珍しくはありませんでした。
この別当さんは僧のくせに、風流男で人懐こくて
愉快でひょうきんで女人に好かれる人気者でした。
受領が留守の間に、邸へ上がりこんで
北の方と仲良く色々と・・・そういうことをしていました。
そこへ、突然に受領が帰ってきました。
慌てた2人は、とにかく別当さんをどこかに隠そうと考えました。
別当さんは大きな唐櫃(からびつ・衣装を入れる大きな箱)の
中に身を隠しました。
間一髪で受領が部屋に入ってきました。
受領は「その唐櫃を寺に寄進するので運び出せ」と言って
家来に持ち出させました。
北の方と(唐櫃の中の)別当さんは「あちゃ~」と思ったでしょうね。
唐櫃は別当さんご自身の寺に運びこまれました。
家来の侍たちは、さっさと用事をすませて帰りたいです。
下位の僧達は、別当さんの許しもなしに
寄進物をあけることはできません。
すったもんだのやり取りの最中、唐櫃の中から声が・・・
「よいよい。唐櫃を開けてもよい。内から許す」
事の顛末は全て人に知られ、別当さんは大恥をかきました。
この受領は奥さんの浮気を知っていました。
修羅場を演じるのも無粋なので、軽くお灸をすえてやろうと
このような処置をとったそうです。
世間は、この落ち着いた判断を褒めたたえました。
また別当さんは「内から許す」という
ひょうきんな一言がうけて、ますます女人に人気が出てきました。
この僧は祇園の別当・戒秀(かいしゅう)さんです。
あの清少納言の異母兄です。
古典43番の、清原元輔さんの息子さんですね。
曽祖父、父から引き継いだひょうきんで明るい人柄ですね。
2005/9/26 万葉歌人・山上憶良〈古典41)古典の教科書でお馴染みの「貧窮問答歌」の
山上憶良(やまのうへのおくら)さんです。
憶良らは 今は罷(まか)らむ 子泣くらむ
それその母も 吾を待つらむそ 〈山上憶良〉
私が使った教科書では「そを抱く母も」だったような気がします。
この記憶はかなり自信があります。
好きな歌だということと、私は暗唱ものにすっごく強いのだ。
中学時代に暗記した「枕草子~春はあけぼの」も
「平家物語」の冒頭も未だに完璧に記憶しています。
英語のショートストリー暗記物「MUJINA」も未だに忘れていません。
記憶力=成績が良い というのではないようです。
「キャンディ・キャンディ」や「ベルサイユのばら」の台詞や
マイナーなキャラクターのフルネームまで覚えているのと
同じ脳回路を使ったのだと思われる。
こういうトコロがオタク精神ですな。
この歌も持統天皇の「春すぎて~」と同じく
口当たりが良いように変えられたりしたんでしょうね。
罷らむ が おいとまする という意味だと分れば
歌の意味も見えてきますね。
宴の途中で退出する際に詠んだ歌です。
宴会の途中ですが、今日は帰らせていただきます。
子供が泣いていますから。
その母も私の帰りを待っているんですよ~
とこんな感じです。
程よい愛妻・マイホームパパぶりですよね。
宴の雰囲気を壊さずにスマートに退出したと思われます。
憶良さんってインテリ高給官僚ですが、茶目っけたっぷりでユーモアで
人に好かれていたオジサンなんじゃないかな?
私はこの人とこの歌が大好きです。
またまたこんなビールを発見しました~。
2005/9/20 片恋苦ひ万葉の野(古典40)夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の
知らえぬ恋は 苦しきものを 〈大伴坂上郎女〉
上の句は「序詞」と言って、「知らえぬ」に掛かる言葉です。
夏の野の清々しい繁みの中に、人知れず咲く一輪の百合。
この歌は、ひめたる片思いの相手に
「私はここにいます。あなたをみています。この想いに気づいてください」
と伝える切ないメッセージです。
思へども 験(しるし)も無しと 知るものを
何かここだく あが恋ひわたる 〈大伴坂上郎女〉
どうせ叶えられぬ恋なのに・・・・
どうしてあきらめきれないのでしょう・・・・
先の歌の続きではありませんが、
人知れず抱えていた片恋が発酵して、
胸がしめつけられるような、苦しく甘美な想いですね。
片恋とは、切なく悲しく息苦しく・・・けれど美しく。
この2首は、片思いの見本のような歌ですよね。
どちらの歌も、素晴らしすぎて、
私にはこれ以上書き加えるべき言葉はありません。
大伴坂上郎女(おおともさかのうえのいつらめ)は、
万葉集の編者、大伴家持の叔母で、万葉集の第1級の歌人です。
技術はさることながら、心を揺さぶる素晴らしい歌を数多く生み出しました。 2005/9/19 カワイイあの子・万葉集(古典39)多摩川に 晒す手づくり さらさらに
何ぞこの子は ここだ愛(かな)しき 〈作者不詳〉
これは短歌というより、地方の民謡のようなものです。
懐かしく優しい・・・。
私は河内音頭のリズムを思い浮かべました。
多摩川に晒す手づくり は 更更に にかかる言葉で、
語感のみで深い意味はありません。
ここだ が たくさん という意味だと分れば
歌全体が一気に理解できます。
この子は、なんでこんなに可愛いんだろう。
さくらんぼ農家の演歌歌手さんが歌った
「孫」の歌詞と同じで、手放しで
「可愛い!カワイイ!かわいい!!」
って褒め称えているような感じです。
上の句が、非常に耳障りがよく清らかです。
異性に対する思いなら、爽やかな純愛でしょうね。
愛の歌に分類されていますが、
対象をわが子とも孫とも解釈できますよね。
意味もストレートで分りやすく、好感が持てる歌ですよね。
2005/9/15 姉弟・永久の別れ (古典38)大津皇子のその後です。
皇子は処刑されます!
罪の名は謀叛。
事件が起こったのは天武天皇の死後、
草壁皇子が即位する前、
鸕野皇后が称制(代行)を執っているときでした。
本当に大津皇子は謀叛なんて企んだのか?
皇后が、息子の有力なライバルを一掃するための罠だったんじゃない?
ま、そんなことを詮索しても始まりません。
とにかく大津皇子の運命は悲劇へとまっしぐら!
同母姉・大伯(おおくに)皇女は伊勢神宮の斎宮を任ぜられています。
皇子はこっそりと姉に会いにいきました。
要するに「もうダメかも」と泣きつきに行ったんですね。
古事記でもヤマトタケルは叔母の斎宮に
泣きつきに行ったことがありますよね。
姉は別れ際に歌を詠みました。2首とも大伯皇女
わが背子を 大和へやるとさ 夜ふけて
暁露(あかときつゆ)に 吾が立ちぬれし
二人行けど 行き過ぎがたき 秋山を
いかにか君が ひとり越ゆらむ
夜ふけ、愛する弟を大和へ見送る私は立ちつくし
暁の露に濡れてしまいました。
2人で行っても、つらい道のりを
1人で行く弟の心境はいかなものでしょう
ただ弟を送り出すだけで大げさな、と思わないでください。
このような事情があるのですから。
姉弟の心配どおり、2人は2度と会えませんでした。
大津皇子が殺されたのは、父・天武帝の死後、わずか1月後のことです。
万葉の時代には美しい恋もたくさんありました。
それ以上に政治的陰謀があり、悲劇もありました。
歴史の表舞台ではスーパースター、英雄でも、
裏では冷徹な策略家であったりもします。
万葉集には悲喜こもごも、多くの人の感情が織り込まれています。
2005/9/14 万葉・恋のトライアングル(古典37)天武天皇の鸕野皇后(後の持統天皇)の皇子にして皇太子の
草壁皇子が、ある女性に詠んだ恋の歌があります。
大名児(おおなこ)を 彼方野辺(をちかたのへ)に
刈る草(かや)の
束(つか)のあひだも われ忘れめや 〈草壁皇子〉
貴女のことをほんのつかの間も忘れていませんよ。
大名児とは石川女郎(いつらめ・郎女と書く場合もある)
のことだという説があります。
彼女からの返歌は残っていません。
しかし、彼女は他の男と恋歌をやり取りしています。
その男とは?!
大津皇子
天武天皇の皇子で、母は持統天皇の姉・大田皇女
草壁皇子とは異母兄弟で従兄弟です。 (どっちが年上かはわからない)
皇太子にはなれずに、政治的には補佐役でした。
美男・さわやか・武勇にすぐれているスーパースターでした。
あしひきの 山の雫に 妹(いも)待つと
われ立ち濡れぬ 山の雫に 〈大津皇子〉
貴女を待っている間に、随分雫に濡れてしまいましたよ
吾(わ)を待つと 君がぬれけむ あしひきの
山の雫に ならましものを 〈石川女郎〉
でしたら、私がその雫になりたいものですわ。
なんか、エロチックなやりとりですよね。
この2人絶対に相思相愛!
皇太子にはなれなかったけど、恋の勝利者・大津皇子は、
この後、運命の敗北者として悲劇の一途をたどります。
次回も大津皇子です。 |
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